※以下、
エジプト大使館・エジプト学・観光局より引用(2004年12月現在)
■歴史 History
日本が土器を作り、狩りや漁をしながら竪穴式住居で生活していた縄文時代、エジプトではファラオと呼ばれる国王の下、ピラミッドや神殿など、歴史的な建造物が数多く造られていました。最初に造られたと言われているのが、サッカラにある階段ピラミッド(ジョセル王のピラミッド)です。
その後、ダハシュールの屈折ピラミッド(スネフェル王のピラミッド)、三大ピラミッドで有名なギザのクフ王、カフラー王、メンカウラー王のピラミッドが、今から4500年以上も前の古王国時代に造られました。
3700年程前の中王国時代になると、ヒクソスと呼ばれるパレスチナ民族がエジプトの一部を支配しますが、3550年程前の新王国時代にヒクソスを追放し、その後500年にわたり、エジプトは繁栄を続けます。テーベ(現在のルクソール)に、歴代のファラオや黄金のマスクで知られるツタンカーメンの墓がある王家の谷を造営して、カルナック神殿、ルクソール神殿といった大規模な建造物などを造りました。またこの時代、初めてハトシェプストという女性の国王が誕生しています。
3350年程前の紀元前1350年頃、ツタンカーメンの義父アメンヘテプ4世が亡くなり、ツタンカーメンはわずか9歳で即位し、18歳という若さで突然亡くなります。
3280年程前の紀元前1279年、ラムセス2世が王位に就くと、アブ・シンベル大・小神殿、カルナック神殿の大列柱室、ラムセウム(葬祭殿)など、多くの建造物を造りました。また現在のトルコにあったヒッタイト帝国と戦った「カディシュの戦い」で、後に和平条約を結びます。
紀元前332年、マケドニア出身のアレキサンダー大王がエジプトを支配し、地中海沿岸にアレキサンドリアの町を建設しました。紀元前323年、大王が死去するとプトレマイオス1世が王座に就き335年間にわたりヘレニズムの支配者が続きます。デンデラのハトホル神殿、エドフのホルス神殿、コム・オンボのコム・オンボ神殿、フィラエ島のフィラエ神殿などを建設しています。
プトレマイオス12世の娘クレオパトラは父が51歳で亡くなると、ローマ艦隊を率いるユリウス・カエサルの助けを得てエジプトを支配し、カエサルが暗殺されると、マルクス・アントニウスを味方にしますが、アクティウムの海戦でローマ帝国に敗れ、毒ヘビに身体をかませて自殺したといいます。
後に、ローマ帝国、ビザンチン帝国、オスマン・トルコ帝国、イギリスなどによる支配が続きます。オスマン・トルコ帝国支配の1798年、フランスの英雄ナポレオンのエジプト遠征は失敗に終わっています。
1869年11月17日、地中海と紅海を結ぶスエズ運河が完成しました。
1953年エジプト共和国が建国され、翌年建国に力を入れたナセル大統領が就任、のちにサダト大統領、現在は、1981年に就任したムバラク大統領が中東和平に力を注いでいます。
■世界遺産 World Heritage
文化遺産や自然遺産を全世界の人にとって、かけがえのない宝物として保護していこうという考えから世界遺産条約が生まれ、現在172ヶ国(日本は1992年)が世界遺産条約の締約国となっています。世界遺産委員会によって、世界遺産としてふさわしいか、登録基準を満たしている話し合われ、登録が決定されます。2002年現在、合計730登録され、うちエジプトでは6ヶ所が登録されています。
・アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群
アブ・シンベル大神殿・小神殿、フィラエ神殿、カラブシャ神殿などヌビア地方の遺跡群は、アスワン・ハイダムの建設により水没の危機にさらされることとなりました。しかし、ユネスコの救済キャンペーンにより、神殿14、聖堂3、墳墓1が救われ、現在に至っています。
・メンフィスとその墓地遺跡 =ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯=
ギザのピラミッドをはじめ、サッカラの階段ピラミッド、ダハシュールの屈折ピラミッド、メンフィス遺跡などの建造物
・アブ・ミナ
エジプト独自のものでキリスト教の一派であるコプト教の遺跡群。
・古代都市テーベとその墓地遺跡
3500年前ルクソールはテーベと呼ばれ、古代エジプトの都でした。そこには数多くの遺跡があります。ルクソール東岸の神殿や西岸の王墓などの遺跡群。
・シナイ山の聖カトリーヌ修道院
シナイ半島南部にある世界最古の修道院のひとつ。2002年5月に世界遺産に登録されました。
・イスラム都市カイロ
カイロのイスラム地区やオールドカイロにある7世紀から20世紀に建てられた建造物。