トルコのホテル

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●国名:トルコ共和国(Republic of Turkey)
●面積:78万km2
●人口:6,784万人
●首都:アンカラ
●人種:トルコ人。他にクルド人、アルメニア人、ギリシャ人、ユダヤ人。
●言語:トルコ語
●宗教:大部分がイスラム教。他にキリスト教、ユダヤ教。

※以下、トルコ共和国大使館より引用(2004年12月現在)

■トルコ語
トルコ語は、ヨーロッパとアジアの広い範囲で話されています。最近の研究結果によると、トルコ語は5500年、あるいは恐らく8000年もの歴史を持っているといわれています。また、トルコ語は世界で最も多く話されている6大言語の一つです。トルコ語が使われているのは、アゼルバイジャン地方、トゥルクメン地方、タルタル地方、ウズベキスタン地方、バシュクルティ地方、ノガイ地方、キルギス地方、カザクスタン地方、ヤクティ地方そしてチュバス地方です。トルコ語はウラル・アルタイ語系言語のアルタイ語派に属しており、つまりモンゴル語、満州・ツングース語、韓国語そして恐らく日本語とも近い関係にあります。
トルコ語は非常に古い言語で、完璧な音声的、形態的及び文法的構造と豊かな語彙を持っています。
 現在のモンゴルの境界内にある中央アジア、オルホン地方、イエニセイ並びにタラス地方で、石碑に刻まれた最古の文献が発見されています。石碑は720年に皇帝トンユクク(Tonyukuk)、732年にキュルティギン(Kultigin)、そして735年にビルゲ・ハン(Bilge Kagan)のために建立されたものです。
 ギョクトゥルク朝の社会生活や政治模様を記したこれらの文献に使用されている言語の完成度は、トルコ語が文字(書き言葉)とし大変古い時代から使われていたということを証明しています。
 ウイグル人は多くの文献を書き残し、それらはトルコ語を研究するにあたり非常に重要な資料となっています。彼らはシャーマニズム(本来のトルコの宗教)を放棄し、代わって仏教、マニカエニズム及びバラモン教を取り入れました。そしてそれらの宗教的,哲学的文献を全てトルコ語に翻訳したのです。
 10世紀以降、トルコ人の間でイスラム教が広まるにつれて、トルコ語はアラブとペルシャ文化の影響を色濃く受けるようになりました。
 イスラム教の強い影響力にもかかわらず、アナトリアのトルコ語でしたためられた文献の中には、外来語の数はほんの僅かしか見られません。例えばカラハンリラール期には、トルコ人はアラブ・ペルシャ語に激しく抵抗しました。イスラム系トルコ人、ユスフ・ハス・ハジブ(Yusuf Has Hacib)の最初の傑作であるクタドゥグ・ビリグ(Kutadgu Bilig)は、1069年にトルコ語で書かれました。
 アラブ・ペルシャ語は,オスマン帝国時代にトルコ語に入り込み、それから継続的に3つの異なる言語が交じり合うようになりました。トルコ語の自然な発達はひどく妨害されたのです。
 その後「新言語」運動が起こりました。1928年、共和国宣言から5年後、アラビア文字はラテン文字に取って代わられました。今度はラテン文字が外来語の排斥に拍車をかけたのです。言語学を研究し,言語の自然な発達を助長する目的で1932年にはトルコ語研究所が設立されました。こういった努力の結果、現代トルコ

■じゅうたん
結び織り、平織り(キリム)にかかわらず、カーペットは、思い出すことができないほど古い昔からトルコ人によって作られてきた芸術品の中でも、最も有名な物です。中央アジアからトルコへ移り住んだトルコ人たちの間で織られてきたカーペットが、広範囲に広まったのには、環境、社会的、経済的そして宗教的な理由があります。
 トルコ人が何世紀にも渡って住んできた地域は、温帯に属しています。昼と夜、また冬と夏の気温の変動が大きく違うような地域なのです。テントや大きな町の質素な家に暮らす遊牧民や牧羊者、農民や町の住人は、床や、特に壁や入り口をカーペットで覆うことによって厳寒な気候から自分たちを守ったのです。それらのカーペットは, 毛や綿、時には絹を入れて織った、常にハンド・メイドです。カーペットは寒さを防ぐ自然素材のバリアなのです。よく刺繍が施されている平織りのキリムは、毛布やカーテン、ソファ・カバーやクッション・カバーとして使われています。一般的にトルコ人は家に入る時に靴を脱ぎます。ですから、外からの汚れを家の中へ持ち込むことはありません。床の敷物は清潔に保たれので、住人が、もし必要ならば床に快適に座ることができるのです。伝統的な家事として、女性や少女たちは、趣味と同時に収入の糧としてカーペット織りを始めます。カーペットを工場生産できるようになった技術の進歩も、村小屋産業レベルのカーペット織りを妨げることはできませんでした。過去150年前から化学染料が使われていますが、天然染料のハンド・メイドじゅうたんは,依然工場製品よりもはるかに優れていると考えられています。
 トルコのカーペットは,世界中で最も人気のある家庭用品です。その豊かな色彩や温かみ,伝統的な柄を使ったすばらしいデザインが、トルコじゅうたんが13世紀から維持している地位を支えているのです。13世紀後期にアナトリアを横断したマルコ・ポーロも、カーペットの美しさと芸術性についての記述を残しています。セルジュク・カーペットとして知られているこの時代から残っている数多くのカーペットは,中央アジアの何軒かのモスクで発見されました。セルジュク・カーペットは今日ではコンヤとイスタンブールの博物館に展示されています。
 15世紀から16世紀にかけてのトルコじゅうたんは、ヨーロッパの絵画を通して最もよく知られています。ロット(Lotto,15世紀のイタリアの画家)とホルバイン(Holbein、16世紀のドイツ人画家)の作品では、トルコじゅうたんは聖マリアの足の下に敷かれていたり、世俗的な絵の中にあったり、テーブルの上にかけられています。オランダの画家フェルメール(Vermeer)は、主に彼の絵に登場する人物の経済的,社会的に高い地位を表すために,トルコじゅうたんを用いています。その名を知られたトルコじゅうたんは、あまりにも高価過ぎて、聖母マリアと王族の足元以外の床には敷くことができなかったのです。
 カーペットがよく使われた別の場所、それはモスクです。モスクの中には、椅子もベンチもなく、カーペットしかありません。トルコのモスクは、しばしば“壁から壁まで”幾層ものカーペットで覆われています。
 トルコじゅうたんには、色彩と意匠、模様があふれています。2枚として同じものはありません。一枚一枚全てが新しいものなのです。それは、名の通ったあるいは特定の芸術家の作品としては滅多に評価されることのない一つの芸術の形態なのです。にもかかわらず、トルコの女性たちはトルコ国内そして世界に広まった最も美しい芸術作品を黙々と作り続けているのです。



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