※以下、
モロッコ王国大使館より引用(2004年12月現在)
■歴史
モロッコは数多くの遺跡が示すように、有史以前のごく初期の段階から人類が居住していました。モロッコに人類の足跡が見られるのは旧石器時代前期です。その時期に、リビコ−ベルベル族が北アフリカを支配する民族として出現しました。その後、8世紀にアラブ人が侵入するまでに、フェニキア人、カルタゴ人、ビザンチン人、ローマ人、ヴァンダル人がこの地域に到着しました。
紀元後、788年イドリスI世がメクネス近くのヴォルビリスで国王即位を宣言して以来(アルフレッド大王がウェセックス王国の国王となったのは100年近く後のことです。)、モロッコは独立国家として存続してきました。
ここにモロッコ王国の発展を示す幾つかの歴史的、政治的出来事をご紹介します:
― 紀元前2500年:モロッコにおける人類初の居住跡
― 紀元前1200年:フェニキア人がルクサス港(ララシェ近く)、及びエッサウィラ近くの島に港を建設。
― 紀元前600−146:カルタゴ人がメリラ、テインジス(タンジール)、アシラに港を建設。
― 紀元前42−紀元後680年:ローマ人がセウタ、テインジス、サラ、及びヴォルビリスを占領。
― 668年:アラブ人によるモロッコ征服が始まり、イスラム教がもたらされた。
― 710年:タリク・イブン・ジャドがスペインとヨーロッパを征服した。
― 740年:モロッコ人が新しい宗教であるイスラム教に改宗し始めた。
― 788年:イスラム教徒による初めての王朝であるイドリシード朝が設立され、(フェズに創設され、イドリスII世による世界で始めての大学が設立された)その後、アルモラヴィド、アルモハード、メリニード、サーデインの4王朝が設立された。
― 1664年:現在モロッコを治めているアラウィット王朝の創設。
(ムーレイ・イスマイル王により、メクネスに創設。)
― 1912年:モロッコはフランスの保護領となり、且つスペインの委任統治下におかれる。
― 1923年:タンジールが国際都市となる。
― 1927年:モハメッド5世国王が王位を継承する。
―1956年:モロッコ独立
―1958年:タルファヤ州の復帰
― 1961年:ハッサンII世国王が父王モハメッド5世の死去後、王位を継承。
― 1969年:飛び領土であったシデイ・イフィニーがモロッコに返還された。
―1971年:住民投票による新しい憲法の採択。
―1975年:モロッコ王国南部の州が返還される。(西サハラとして知られている)
- 1999年:モハメッド5世国王が王位を継承する。
■王国の統合
1956年にモロッコは独立を勝ち取ったが、王国の広範囲な部分がスペインの統治下に残されました。モロッコは王国として完全な状態への到達点に向かって進みつつあります。
― 1956年:モロッコの独立、タンジールの返還。
― 1958年:タルファヤ州の回帰。
― 1969年:飛び領地であるシデイ・イフィニーの返還。
― 1975年:王国南部の州の返還。
― 現在に到るまで次の土地はスペインの統治下にある:メリラ、セウタ、ベレス・ゴメラ島, レイラ諸島、ア ル・ ホ セイマ島、シャファリナ諸島
■地理・気候
モロッコ王国はアフリカの北西部に位置しています。北部はジブラルタル海峡と地中海、西は大西洋に面しています。東部はアルジェリア、南部はモーリタニアに隣接しています。モロッコの領土は約710,850平方キロメートルです。
海岸線は3,500kmに達し、大西洋岸が2,000km、地中海沿岸は500kmです。
モロッコの気候として、まず第一に地中海性気候が挙げられます。アトラス山脈地帯には十分な降雨があり、しばしば雪も降ります。南部一帯は砂漠性気候です。
■政治体制
モロッコは民主社会立憲君主国です。モロッコ王国はアフリカ、及びマグレブ・アラブ圏にも属しています。
・国王と王室制度
モロッコは世界で最も古い君主国の一つです。その歴史は32世紀以前にも遡ることができます。モロッコは君主制を重要視し、国家の団結、国民の自由の保障の要と見なしております。
その長い歴史を通して、モロッコにおいて国王は精神面、又現世での権威を具現化した存在です。憲法の中で君主とは“国家の最高権威の代表者であり、団結のシンボルである”と言及されています。国王は国家の永続を保障し、国民と社会団体、組織の権利と自由を保護しています。国王は国家の長であり、国民の精神的リーダーであります。国王は、首相の任命、政府の解散、国民の総意を問う為の国民投票、国家の有事の宣言、法律により議会を解散させるなどの権限を持っています。